| 森久保祥太郎 |
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| 『メジャー (アニメ)|メジャー』(茂野吾郎)、『NARUTO -ナルト- 疾風伝』(奈良シカマル)、『弱虫ペダル (アニメ)|弱虫ペダル』(巻島裕介)などがある。 == 来歴 == 東京都八王子市の病院で誕生し、その後父の仕事の都合で一時は京都府や埼玉県大宮市(現:埼玉県さいたま市大宮区)で過ごしていたが、小学2年生の時に東京都八王子市帰郷して高校時代まで過ごした。小学生のころは、皆で外で元気に遊んでいた。しかし、自分で「今日は一人で遊ぶ日」も作っており、物心ついたころから持っていた「ペッタブロック」で、ロボットや戦艦を作り遊んでいた。そのため、プラモデルや超合金の玩具には興味がなく、結構、一人で遊ぶのが好きだったという。 小学2年生のときに隣に住んでいた英語演劇の先生である中年女性から「近くに住んでいるお兄さんお姉さんも来るから遊びにおいで」と誘われて、習い事感覚でラボ・パーティに入り、英語演劇を始める。その習い事は演劇を通して英語に慣れ親しむことが目的だったが、英語よりも芝居の楽しさに目覚めてしまい、それ以来、芝居を続けていたという。 小学校時代のころのC-C-Bに憧れ、C-C-Bのように髪を染めて「きれいに立つような髪型にしたいなあ」と夢見ていたという。小学3年生のときに、通っていた体操教室を辞めたところ太ってしまい、友人に「コロコロ太った短足祥ちゃん」と呼ばれていたという。点数がいいと教師がすごく褒めてくれたため、全ての科目をまんべんなく頑張っていた。しかし体育と音楽がダメであったという。 ラボ・パーティの活動では、年上との付き合いも多く、小学4年生の時には、後に一緒に劇団を旗揚げして座長となった先輩とも出会った。ラボ・パーティで出会った人物たちの影響で洋楽も聴くようになった。 人生初めての舞台は小学6年生の時の学芸会の主役の埴輪師。前述の座長がリーダーを務めていたラボ・パーティでは小学6年生の時に豊島公会堂で公演していた舞台『トム・ソーヤーの冒険|トム・ソーヤの冒険』の主役のトム・ソーヤを演じていた。当初はハックルベリー・フィンを演じたかったが、ジャンケンに負けたことでトムを演じることになった。当時の東京都は大雪で電車が止まり、家に帰れなくなり、次の日の小学校の卒業式に参加できなくなりそうになったという。 父の出身地の福島県にいた父方の家族が楽器を演奏しており、祖父は太鼓、祖母は琴や三味線、父もギターやトランペットを演奏していた。小学2年生のとき、掛け算を覚えるのに、父から「イエロー・マジック・オーケストラ|YMOの『ライディーン (YMOの曲)|ライディーン』に合わせて踊って覚えろ」と言われた。それが楽しく「音楽にのる」というのを初体験していたような気がしていたという。そんな父方の家族を見て育ったため、「子どものころから人前でなにかするっていいなあ」と思い、中学時代からバンド (音楽)|バンドを始める。二つのコピーバンドを掛け持ちしており、一つはボーカル、もう一つではドラムを担当していた。中学時代は軟式テニス部の部長を務めた。 高校時代の文化祭ではベストドラマー賞を取った経験を持つ。高校3年生になるころに、「将来何になろう」と考えていたときに漠然と「芝居か音楽がいいな」と二択で悩んでいた時期があったという。音楽をしていた大学生の先輩とも付き合いがあり、身近な先輩がバンドでメジャーデビューをしていた。先輩たちが音楽を仕事にしていたことを見て「大変そうだな」、「音楽は好きだけど仕事にするとやりたくないこともやんなきゃいけないのかな」と思っていたという。自己分析をして、自身の強み、弱みをあらゆる角度から分析した上で、音楽よりもお芝居のほうが評価を得てきたこと、のめり込んでしていた自分に気付き、「だったら音楽は一生遊びでやっていけばいいや。じいさんになっても、友達集めて楽しくやれればいいや」、「音楽は好きだけど自信はないから、趣味として一生やっていこう」と考えるに至っていたという。 しかし役者で食べていける自信があったわけでもなかったという。それまでの人生で何が一番楽しかったか、辛いことがあっても何を一番頑張ったかをしっかり分析し、「そこから役者をやろう、25歳まで全力で目指して、それでダメなら別の道に行こう」と役者の道に進む覚悟が決り、大学に通いながら役者を志す。そのころに影響を受けた役者は西村まさ彦|西村雅彦。 1992年、日本大学第三中学校・高等学校|日本大学第三高等学校卒業、多摩美術大学映像制作コース中退。 本格的に声優を始める前はタレント事務所に所属し、小学生のころに在籍していたラボ・パーティの先輩の三島ゆたかと劇団「おにぎりスキッパーズ」を18歳のときに立ち上げ、音楽活動は一旦休止する。その後、2014年7月に一般女性と再婚したことを発表、2017年には第一子となる長女が誕生している。 2015年1月、ベイエフエム長寿番組『KEIYOGINKO POWER COUNTDOWN JAPAN HOT 30』の2代目DJとして就任。 2016年、第10回声優アワードで富山敬賞を受賞。 2018年8月31日、ヴィムスを退所。同年9月1日、株式会社アドナインスを設立し、その代表取締役として就任している。 2020年、第14回声優アワードでパーソナリティ賞を受賞。 ウィキペディア(Wikipedia) |